メンテナンスで“働きやすさ”を守る
“空調費が利益を食う時代”に終止符を
データセンター(DC)の運用コストの中でも、とりわけ大きな割合を占めるのが空調設備にかかる電力です。サーバー群から発生する熱を冷却するため、従来の空冷式のインフラでは、設備容量が増えるにつれ空調費も際限なく膨らんできました。PUE(Power Usage Effectiveness)という効率指標を改善することは、単なる環境配慮にとどまらず、経営インパクトそのものに直結する時代に入っています。
一般的なデータセンターでは、全消費電力のうち30〜50%が冷却に使われていると言われています。特に都市部や高密度サーバールームでは空調機の増設、運転率の上昇、フィルター交換やファン摩耗などの影響で、冷却効率が大きく下がっているケースも散見されます。これは運用担当者の「暗黙知」として長年やり繰りされてきた部分ですが、近年では電気料金の高騰を背景に、可視化と最適化が急務となっています。
今、注目されているのが、AIによる空調制御の導入です。ラック単位、さらにはサーバー単位で温度センサーを設置し、リアルタイムの負荷に応じてファンや空調機の動作を微調整することで、従来の「過剰冷却」を防ぎます。GoogleやMetaなどのハイパースケーラーはすでにディープラーニングによる空調最適化を導入しており、PUEを1.1前後まで改善した実績も出ています。
次世代冷却技術として、水冷(液冷)システムの導入も拡大しています。特にGPUなど高発熱のワークロードが増える中で、空気ではなく液体による冷却は効率的です。日本でも、AI処理を担うDCやHPC施設を中心に、冷却液を直接CPU近傍に循環させる「直接水冷」や「浸漬冷却」方式が採用されつつあります。
とはいえ、すべての施設が水冷にすぐ転換できるわけではありません。ラック設計の変更や漏水リスク、保守オペレーションの難易度も考慮すべきです。空冷とのハイブリッド運用、部分導入など、段階的な判断が現実解です。
PUEは、IT機器が消費する電力と、データセンター全体の消費電力の比率を表します。理想的なPUEは「1.0」であり、これはすべての電力がIT機器に使われ、空調などのロスがゼロであることを意味します。実際には1.2〜2.0程度が一般的とされていますが、PUEの改善はすなわち無駄な電力の削減を意味し、直接的に電気料金の削減、ひいては利益率の改善につながります。
さらに、PUEの優秀性は、エンドユーザーや投資家へのPRにもなります。ESGへの取り組みや再エネ調達と合わせて開示されることで、企業の持続可能性への姿勢を明確に示す材料になります。
空調設備のリプレースやAI導入は、多くの場合数百万円〜数千万円の初期投資を伴います。一見するとハードルが高く思えるかもしれませんが、「削減できる空調費+得られるPUE改善によるPR効果+ESGスコア向上による資金調達条件改善」を含めて考えると、ROI(投資対効果)は十分に見合います。
自治体によっては補助金・助成制度を活用できる場合もありますので、環境エネルギー部門や専門コンサルと連携した中長期視点の導入戦略が鍵になります。
空調費は一夜にしてゼロになるものではありません。しかし、空調機の配置最適化、フィルター交換のサイクル見直し、ラック構成の見直し、そしてAIによる制御導入といった「小さな改善」の積み重ねが、大きな経営インパクトをもたらします。まさに、“空調費が利益を食う時代”に終止符を打つための、地道な運用改善の蓄積こそが、今のデータセンター運営者に求められているのです。